映画ができるまでのあれやこれや

映画監督が映画を作るまでってどんな?について日々のつぶやきややっていることを記録!!

そもそも自主制作映画って何? ~part2

一緒に映画を作りましょう。

どうも映画監督の山下武昭です。

これを読んだ人がもしかしたら自分たちでも映画を作れるのかもしれないな

と思っていただけたら嬉しいです。

というより絶対できます。

少なくとも作りたい、そこに参加したいという意志さえあれば。

 

先日の記事からの続きになります。

下記↓part1

eigatukurou.hatenablog.com

 

 

自主制作映画はその性質上このいわゆる“武道館レベル”の映画とは違う楽しみ方が存在しているという事だ。これは本当に楽しいだろうし夢もある。

 

自主制作映画は観客との距離がものすごく近い、制作スタッフやキャストに有名人がつくことは稀だしお金もないため(どれくらいの範囲を“お金がある”とするのかはピンキリ)上映規模も限られている。上映規模も限られているのだから上映回数も少なく映画祭で上映されたり各種イベント等でお披露目されることがあるくらいだろう。そもそも関係者でもない限り目にすることは稀なのかもしれない。

 

自主制作映画を見るためにはそういうものにアンテナを随時はらなければならない事は事実だ。その労力を踏まえて行く必要があるかと言えば

 

自分はあると思う。

 

なぜならこの時に大体映画の制作者はその場にいるし簡単に話せるし、気に入った作品や監督や出演者がいればその場で交流を深める事も可能だろうと思う。

単なる映画の話をされることすらも喜ぶはずだ。

 

なにせ大好きな映画を語れて尚且つ自分の作った作品が上映されてかつ見に来てくれた人たちには本当に感謝の念しか制作者たちは湧いてないからだ。

この感覚を多くの人に少しでも触れてほしい。もしその時に出来る事なら、何が出来るかわからないですけど映画を作りたいと思いました。とでもいえば制作者は本当に喜ぶと思う。

人見知りなんで、という人も大丈夫だと思う

 

そもそも映画好きの制作者たちが映画を作っているのだから共通言語は映画という媒体で話が通じるし、映画を知らなくても率直な感想というのは本当に嬉しいものだ。

真面目に映画を見てくれてつまらないあそこは気に食わなかったでもいいと思う。

その言葉こそ見てくれた事の愛でしかないからだ。

 

 

映画を作るというのは映画を見るという体験とは別次元の喜びと高揚感に満ち溢れている。

勿論、映画を見ることを見下しているつもりは毛頭ない。

自主制作映画を作ろうと思い立てば、誰でも作ることは可能だといいたい。

しかもそこには特別な運動能力などいらない。そこに参加して楽しんでみる、それさえ根底にあれば絶対に作れる。

 

誰しもオリンピックのマラソンランナーみたいに走れと言われたらほとんどの人が不可能だと答えるだろうがただ走ってと言われたら多くの人は走れるもしくは走るってこと自体は早い遅い上手い下手に関係なく少なくともイメージは出来るはずだ。

走り出すにはただ走ればよく、自主制作映画を作るにはまずはただ作ればいい。

自分がそもそも作れなければ、作る場所に作る仲間たちの中に参加すればいい、動いて行った先に自分の持っているその役割はおのずと見えてくる。

役割さえ見えれば後は自分がそこで何をすればよいのかも見えてくるはずだ。

勿論事前に徹底的にどういう役割があるのかを調べるのも良いだろうしそれは人それぞれだと思う。

本当に決まったやり方なんていうのは存在しない、映画はクリエイティブなものであるしそうでなければならないと思う。

 

ただ

映画作りはチーム戦だ、それぞれがそれぞれの役割がありそれをやり遂げる。

そこで大事なのは面白い作品を作りたいという思いと楽しむという心があれば良い。

その気持ちを持って作れば大変な事があっても絶対に後悔はしないはずだ。

 

自主制作映画には夢があると言った。

それは、作品が世界のどこまででも広がる無限の可能性を秘めている事だ。

自分たちの作った作品が日本だけでなく海外の映画祭で上映されることだって不可能ではない。

本当にみんなが一丸となって一つの目標に進めばその作品が面白くないわけがないからだ。

自分が関わった紛れもない映画が自分だけでは想像もできなかった場所で上映され、そこに来た人たちと交流できるかもしれない。作品や映画を介してそれを超えた人と人のつながりを体感出来るかもしれない。

 

その時、自分の可能性は無限大で自分が歩んできた人生が本当に意味のあるものだったと理解できるに違いないと感じとれるはずだ。

宗教じみているかもしれないがこれは本当にそう感じると自分は確信している。

 

絶対に映画はそれだけの力を持っている

 

だからこそ映画を見ることも作ることもやって欲しいと思う。

自分が制作した作品の当事者としてスクリーンに映し出された映画を観たときに本当に感慨深い感情が沸き起こってくるに違いない。